人的資本経営とは?注目されている背景と企業の認知・取り組み状況を解説

人的資本経営とは?注目されている背景と企業の認知・取り組み状況を解説

 少子高齢化やグローバル化の進行により、企業の競争力の源泉が「人材」であるという認識が広まり、人材の価値を最大限に引き出す「人的資本経営」に注目が集まっています。日本でも広まりつつある人的資本経営とはどのような経営スタイルなのでしょうか。また現状として、日本の企業は人的資本経営をどう捉えているのでしょうか。

この記事では、人的資本経営の概要や注目されている背景、HR総研のアンケート結果をもとにした企業の認知度と取り組み状況について解説します。

人的資本経営とは

 人的資本経営とは、人材を「資本」と捉えて投資し、その価値を最大限に引き出すことで、企業の中長期的な価値向上につなげる経営のことを指します。

人口減少やデジタル化、グローバル化などによる経済・社会の構造変化で、企業の四大経営資源(ヒト・モノ・カネ・情報)の一つである「ヒト」の重要性がますます高まっています。これまではヒトを「人的資源」と捉える人材マネジメントが主流でしたが、人的資本経営ではヒトを投資の対象である「人的資本」とみなしているのがポイントです。

外部環境の変化に対応し企業が持続的に成長するためには、将来的なリターンを期待した投資で従業員の能力やスキルを引き出し、経営目標の達成や目指すビジョンの実現に貢献できる人材を育てていく必要があります。これからは大企業だけではなく中小企業においても、経営戦略に連動した人材戦略の構築が求められるでしょう。

人的資本経営の重要性、叫ばれている理由

 人的資本経営が広まった要因としては、企業価値において人的資本を重要視する流れが世界的に進んでいることが挙げられます。まずは人的資本経営の変遷を振り返りながら、その流れに着目していきましょう。

人的資本経営が注目されるきっかけとなったのが、国際標準化機構(ISO)が2018年12月に公開した人的資本に関する情報開示のガイドライン「ISO30414」です。その後、2020年8月には米国証券取引委員会(SEC)が上場企業に対して求める要求事項に「人的資本の情報開示」を追加し、義務化しました。

このような欧米の流れに追随する形で、日本国内では経済産業省が2020年1月から「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」を開催し、2020年9月に経営戦略に連動する人材戦略の必要性を説いた「人材版伊藤レポート」を発表。2021年6月には上場企業に適用されるコーポレートガバナンス・コードに「人的資本に関する情報開示」の項目が追加されました。

また、経済産業省では引き続き企業がおこなうべき具体的な取り組みを議論するための「人的資本経営の実現に向けた検討会」を設置し、その報告書と実践事例集をまとめた「人材版伊藤レポート2.0」を2022年5月に発表しました。この「人材版伊藤レポート2.0」にて企業がとるべきアクションが明確にされたことで、日本においても人的資本経営に取り組む機運が高まっています。

人的資本経営が注目されている背景

 人的資本経営が注目される背景には、企業経営のサステナビリティ(持続可能性)を評価する概念が普及し、ESG投資への関心が高まっていることが挙げられます。

ESG投資とは「環境(Environment)」「社会(Social)」「ガバナンス(Governance)」の要素を考慮した投資のことあり、財務情報には現れない人的資本などの非財務情報をもとに企業価値を判断する要素も含まれます。そして、ビジネス競争が激化する環境において、投資家はこの非財務情報を重要視しているのです。

人材版伊藤レポートにおいても「持続的な企業価値向上のためにESG要因を重視する流れ」との記載があり、ESGを考慮した経営が企業価値の向上につながると認識されています。人的資本は投資家が企業の将来性を見極め投資判断するための一つの要素であり、ESG投資の拡大とともに人的資本情報への関心も高まっているといえるでしょう。

企業の人的資本経営への取組み状況:調査結果

 実際にどのくらいの企業が人的資本経営に取り組んでいるのか、また取り組みの中でどのような項目を重視しているのか、HR総研が実施した「人的資本経営への取組み状況に関するアンケート」の結果をもとに解説します。

人的資本経営に対する認知度・重視度

認知度と重要度の調査は、人事・従業員それぞれに対しておこなわれています。

まず人事の認知度からみていくと、従業員数1,001名以上の大企業では人的資本経営を「以前から知っていた」「以前から少しだけ知っていた」と回答した人の割合が全体の88%にのぼりました。また、大企業では63%が「以前から知っていた」と回答した一方で、従業員数301〜1,000名の中堅企業では33%、従業員数300名以下の中小企業では27%と、企業規模によって認知度に顕著な差が生じていることがわかります。

出典:HR総研「人的資本経営への取組み状況に関するアンケート

重要度については「重要だと認識している」「やや重要だと認識している」の回答をあわせた割合に企業規模による大きな差はありません。しかし「重要だと認識している」に限ってみると、大企業は5割にのぼる一方で中堅・中小企業は3割程度と低く、大企業以外では人的資本経営をしっかりと理解し重視している人事の層はまだ少ないといえそうです。

 出典:HR総研「人的資本経営への取組み状況に関するアンケート

従業員の認知度では、人的資本経営を「以前から知っていた」「以前から少しだけ知っていた」をあわせると52%にのぼり、従業員の半数程度が周知しているようです。

     出典:HR総研「人的資本経営への取組み状況に関するアンケート

しかし従業員の重要度をみてみると、最多の回答は「どちらとも言えない」の32%でした。「重視している」「やや重視している」をあわせた重視派と「あまり重視していない」「重視していない」をあわせた重視しない派もほぼ同数となっており、従業員には人的資本経営の重要性が十分に浸透していないと考えられます。

   出典:HR総研「人的資本経営への取組み状況に関するアンケート

  • 人的資本経営の取り組み状況

大企業では「安定的に取組みを継続中」と「取組みを開始した段階」をあわせると36%の企業が人的資本経営に取り組んでおり、また「取組みへの準備中」「取組みを検討中」もあわせた人的資本経営に前向きな企業は8割近くにのぼることがわかりました。

一方で、中堅企業と中小企業においては「取り組む予定はない」と回答した企業がそれぞれ37%、34%となっています。大企業と比べてみても、人的資本経営への取り組みを進めていない中堅・中小企業はまだまだ多いといえそうです。

   出典:HR総研「人的資本経営への取組み状況に関するアンケート

まとめ

 企業の非財務情報が重視されている今、人的資本の情報開示は世界的な潮流となっており、日本においても人的資本経営の実現に向けた変革が進められています。しかし、HR総研の調査レポートをみてみると、大企業と中堅・中小企業では人的資本経営に対する意識や取り組み状況に差が生じていることが明らかとなりました。

人的資本経営は大企業のみならず、中堅・中小企業においても重要性が高まっています。企業がおこなうべき具体的なアクションや事例を集約した「人材版伊藤レポート2.0」を参考に、自社にあった取り組みを検討してみてはいかがでしょうか。