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心理的安全性と「ぬるま湯組織」の違い
心理的安全性という言葉はビジネスの現場でよく耳にするようになりましたが、ぬるま湯組織との違いを正しく理解している人は少ないかもしれません。心理的安全性とぬるま湯組織は共に職場の雰囲気を指す言葉ですが、組織にもたらす影響は大きく異なります。同じ“穏やかな環境”に見えても、成果や成長機会には大きな差が生まれるのです。
心理的安全性が高い組織では、誰もが自由に意見を述べられ、失敗を恐れずに挑戦することで新しいイノベーションが生まれやすくなります。一方、ぬるま湯組織は安定しているようで、実は挑戦心や成長意欲が薄れがちになります。外から見ると居心地が良さそうに見えますが、やりがいや新鮮さを失い、組織全体が停滞してしまいやすいのです。
本記事では、心理的安全性の重要性とぬるま湯組織との違いを明確に示しながら、そのメリットや具体的な育成・改善方法を解説していきます。
心理的安全性とは
まずは心理的安全性の概要となる定義や注目される背景を解説します。
心理的安全性が高い状態とは、組織の中でメンバーが自分の考えやアイデアを自由に発言でき、失敗や批判を恐れずに行動できる状態を指します。謙虚な姿勢を保ちつつも、自分の存在価値を脅かされることなく新しい試みに挑戦できるため、組織全体のパフォーマンスやモチベーションに大きな影響を与えます。
心理的安全性が注目される背景と理由
心理的安全性が世間で注目されるようになったのは、2012年にGoogleが調査を行った「プロジェクト・アリストテレス」で生産性が高いチームの共通点を発見するプロジェクトということで、あらゆる企業から注目を浴びました。環境要因として、現代ビジネスは変化が激しく、継続的に新しいアイデアや改善策を生み出すことが求められており、職場のメンバー全員が意見を交わし合い、失敗やミスを恐れずに試行錯誤できる場が必要になってきています。心理的安全性が高い組織は、個人の主体性と協調性を同時に引き出すため、イノベーション創出と迅速な意思決定を促し、競争力の向上につながると考えられています

ぬるま湯組織とは何か
心理的安全性と混同されがちなぬるま湯組織を正しく理解し、その問題点を探ります。ぬるま湯組織とは、一見すると人間関係が良好に見える反面、挑戦や積極的な意見交換が少なく、現状維持に甘んじる文化が定着している組織を指します。誰も強い緊張感や責任を求められず、一時的には心地よい環境が保たれる反面、長期的には成長機会を逃すリスクが高いと言えます。
ぬるま湯組織の特徴:成長意欲と責任感の希薄化
ぬるま湯組織の最も顕著な特徴は、緊張感の欠如によりチームメンバーが挑戦や創意工夫をしなくなることです。問題が顕在化していても見て見ぬふりをする、あるいは責任の所在が曖昧になるなど、組織全体の活力低下を招きやすくなります。結果として、競争力を失い、優秀な人材の離職にもつながる可能性があります。
心理的安全性の高い組織とぬるま湯組織を区別するポイント
心理的安全性が高い組織は、意見交換やリスクを取る挑戦が盛んですが、ぬるま湯組織では表面的に調和しているだけで深い議論が行われないのが特徴です。前者には健全な対立と建設的なフィードバックが存在し、失敗から学ぶ姿勢が生まれます。一方、後者は摩擦を避けるあまり成長機会を逃し、新しい視点を取り入れられないまま惰性で進んでしまうのです。
日本企業がぬるま湯化しやすい原因とは
日本企業特有の終身雇用や年功序列意識、集団の調和を重視する文化などが、ぬるま湯体質を加速させる要因としてしばしば指摘されます。安定が尊ばれるあまり、変化や挑戦に対する抵抗が強まるため、メンバーがリスクを取る動機づけが弱くなりがちです。その結果、外部環境の変化に対応できず、競争力を失う恐れも高まります。

心理的安全性が高い組織のメリット
心理的安全性を高めることで得られる主なメリットや具体的な効果を紹介します。
心理的安全性が高い組織には、新しいアイデアや建設的な対立が生じやすいという特性があります。メンバーは自分の意見が尊重されると感じるため、自発的に情報や知識を共有しあい、結果としてパフォーマンスも向上しやすくなります。ここでは、さらに具体的なメリットをいくつか見ていきましょう。
パフォーマンス向上とイノベーション創出
心理的安全性が高い環境では、誰もが主体的に改善点を提案し、新しい技術やアイデアを積極的に提案することが可能です。こうした組織では、斬新なアイデアも生まれやすく、学びとチャンスを活かす姿勢を重視していることから、自然とイノベーションの芽が育ちやすくなります。結果的に、組織全体のパフォーマンスが高まるのです。
チーム内コミュニケーションの活性化
心理的安全性が担保されている組織では、互いを尊重し合う風土が生まれ、オープンに意見交換が行われます。日常的な何気ない会話や雑談の中から思わぬ気づきやアイデアが出てくることも多く、組織の柔軟性や結束力が高まります。さらにそのコミュニケーションを通じて、課題や成功事例が共有されるため、組織的な学習サイクルが回りやすくなるのです。
問題の早期発見と迅速な対処
心理的安全性があると課題を隠さずに話し合えるため、問題の兆候を素早く把握できます。リスク因子となりうる事柄も早い段階で対処されるため、深刻なトラブルに至る前に解決ができる可能性が高まります。些細な懸念事項や違和感も、役職問わず、積極的に共有されることで、組織全体のリスクマネジメント能力が向上します。
離職率低下と優秀人材の定着
心理的安全性が担保されている組織では、メンバーが安心して働ける環境下であり、職場に対する信頼感が高まります。離職率の低下だけでなく、優秀な人材が長く留まることで組織のノウハウや人材育成が進み、専門性の幅が広がることが期待できます。心理的安全性は、従業員エンゲージメントを高め、人材の持続的な成長と組織の発展を後押しする重要な要素と言えます。

心理的安全性が低い組織で生じるデメリット
一方、心理的安全性が低い場合、組織と個人双方にどのような悪影響があるのかを紹介します。心理的安全性が低い組織では、メンバーが意見を控えたり、問題を指摘しづらくなったりするため、組織の活力が失われがちです。イノベーション創出どころか、停滞や摩擦の増大によってパフォーマンスの低下が起こることも珍しくありません。
無知・無能・邪魔・否定の4つの不安
エドモンドソンは、心理的安全性を損ねる要素として
①無知だと思われる不安
②能力がないと思われる不安
③邪魔をしていると思われる不安
④ネガティブだと思われる不安 の4つを挙げています。
これらが共通していることは、「自分を守りながら発言する意識が動く」ことです。チームメンバ―同士、あるいは上司から部下へ、自分が無知だと思われる、無能と見なされる、議論を邪魔する存在だと思われる、否定的に評価されるなど、さまざまな不安が頭をよぎり、必要な報告や相談が出来なくなる抑圧的な関係に発展していきます。こうした状況は、意見を出すこと自体を避けるようになり、組織全体が新しい挑戦を怠ってしまいがちです。その結果、既存体制にしがみついて変化を嫌う雰囲気が強まる傾向がでてきます。
また、心理的安全性が低い組織では、モチベーションを維持することが困難な環境になりやすく、パワハラの温床にもなりかねません。
個人のモチベーションと生産性の低下
心理的安全性が低い組織では、社員が自信を失いやすくなり、自己発揮の機会を縮小してしまいます。自分の意見やアイデアが受け入れられにくいと感じると、仕事への興味や意欲も薄れていくのです。結果的にパフォーマンスが下がるため、組織全体の生産性にも悪影響が及ぶ可能性があります。
組織の停滞とイノベーション不足
組織に対する新たな提案など、意識改革が進まず、イノベーションが起きない状況に陥るのが心理的安全性欠如の深刻な影響の一つです。特に競争が激しい業界では、変化に適応できない組織は市場から取り残されるリスクも高いのが現実です。日々の業務が形式化し、業務への積極性も失われていくことで、長期的な視点の戦略策定が難しくなります。
離職率の増加と定着率の低下
組織に心理的安全性がないと感じると、価値観の違いが目立つようになり、有能な人材ほど早期に見切りをつけて別の環境を求める傾向が高まっていきます。結果として、組織を牽引してきた人材流出が起こり、組織の活力が大きく損なわれかねません。離職が相次ぐ状況は社内外の信頼を損ねる要因ともなるため、企業ブランディングにおいても大きなマイナスとなります。

心理的安全性を測る方法
心理的安全性のメリット・デメリットを確認できた所で、自組織の心理的安全性を客観的に評価し、改善の指針を得るための方法を解説します。心理的安全性は把握することが難しいですが、客観的に知るためのアプローチはいくつか存在します。定性的な聞き取りから、定量的なデータ分析まで、組織の状態を多角的に評価することで、改善策を効果的に打ち出すことが可能です。
7つの質問を使ったチェックリスト
心理的安全性を測定する方法として、エドモンドソンは著書にて「最もよく使用されているのは意識調査である」とし、7つの調査項目を挙げ、リッカート尺度で測定していくと記しています。
心理的安全性に関する7つの意識調査
1. このチームでミスをしたら、きまって咎められる
2. このチームでは、メンバーが困難や課題を提起することができる
3. このチームの人々は、他と違っていることを認めない。
4. このチームでは、安心してリスクを取ることができる。
5. このチームのメンバーには支援を求めにくい。
6. このチームには、私の努力を踏みにじるような行動を故意にする人は誰もいない。
7.このチームのメンバーと仕事をするときには、私ならではのスキルと能力が高く評価され、活用されている。(出典:エイミー・C・エドモンドソン【著】 野津 智子【訳】 村瀬 俊朗【解説】 『恐れのない組織――「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす 』〔英治出版、2021年〕52頁)より
1on1や面談を通じたヒアリング
定期的な1on1や面談の場を設けることで、メンバー各々の悩みや組織への要望を丁寧に拾い上げることができます。社員に対して、安心してホンネを語れる時間や場所を提供することで、心理的安全性の現状を突き止めるだけでなく、改善に向けたアイデアも集めやすくなります。こうした対話や傾聴は信頼関係を築く基本でもあり、組織全体の雰囲気向上にも寄与します。
エンゲージメントサーベイや指数の活用
従業員エンゲージメントを測定するサーベイやスコアを活用すれば、心理的安全性に関わる要素を定量的に把握しやすくなります。特に、質問項目や分析結果を定期的に追うことで改善の度合いや停滞を視覚化し、施策の効果検証に役立てることができます。数値化することによって、現場レベルと経営レベル両方で議論しやすくなるメリットも大きいです。

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「1on1ミーティングで従業員エンゲージメントを効果的に高める方法とは」
心理的安全性が高い組織を構築する要素
心理的安全性を組織に根付かせるために欠かせない具体的な要素を取り上げていきます。
注意点として「何でも話せる環境」=「居心地の良い環境」とするのではなく、正しい心理的安全性を構築しなければなりません。
また、社員は役職者の部下の管理方法をよく見ています。始めるきっかけは一般社員からではなく、上司から実践する方が組織への浸透は早いでしょう。
要素①対話や傾聴:関係性の基盤
心理的安全性を組織に根付かせるためには、「否定ではなく、傾聴を行う習慣」が必要です。形式的な会議だけでなく、日常の中から“話しかけやすい”と思われることが大切です。カジュアルなやり取りの中でこそ、お互いの人間性を知り、小さなコミュニケーションの積み重ねが信頼関係を築くきっかけとなります。
特に社歴が浅いからこそ気付く課題・社歴が長いからこそ分かる解決方法を共有できる環境は、組織を前向きにしていきます。
要素②ミスや失敗を学びに変える文化づくり
誰しも失敗やミスをする場面があると思いますが、そうした際、「挑戦を奨励し、ミスや失敗を学びにする習慣」が必要です。ミスや失敗を繰り返さないために注意することはあっても、糾弾したり責任を追及したりするのは逆効果です。
また、前文にでてきた「居心地の良い環境」ではミスや失敗を“しょうがない”と帳消しにしてしまう可能性がありますが、心理的安全性の高い組織を構築するためには、“学びの材料”と捉える組織風土を作ることが欠かせません。ただし、当事者にとって、自身の失敗を公にすることは精神的な負担となる可能性があるため、共有する際のルールを予め決めておくと良いでしょう。
(例:共有を行うことを予め伝える、当事者がいない場での共有は行わない、など)
実際に起きた失敗事例を共有し、対策をチーム全体で考えるプロセスを設けることで、「相談する」・「フォローする」といった組織を軸とした行動を根付かせていくようになります。ピンチの場面での結束力は、ポジティブなフィードバックサイクルとなり、組織全体の継続的な成長をもたらします。
要素③多様性を歓迎し、他者を受容する姿勢
労働環境下における多様性とは、さまざまなバックグラウンドやスキルを持つ社員が、それぞれの個性やスキルを活かしながら共に働く状態をいいます。偏見や先入観を排除し、「異なる視点を組み合わせることの習慣化」が不可欠となり、転職市場がにぎわっている昨今では、多様性の受容が心理的安全性に結び付く要素となっています。
「お互いを認め、長所を活かす姿勢」が組織を育くみ、「異なる視点を組み合わせること」が新たなアイデアや問題解決策へと繋がっていきます。多様性から生まれるシナジーを最大限に活かすことができる組織は、成長のスピードが速く、モチベーションも維持できるでしょう。
要素④前向きなフィードバックと感謝の促進
成果だけでなく、過程や努力そのものを認め合う風土づくりは、メンバーのモチベーションを高めるうえで有効です。上司からの一方的な評価だけでなく、メンバー同士の感謝や称賛が交わされる環境では、肯定から安心感と一体感が高まり、心理的安全性も強固になります。ポジティブなフィードバックが普段から当たり前に行われる組織こそ、自律的な成長が期待できます。

心理的安全性を高める人材マネジメント施策
具体的な取り組みや制度の面から、心理的安全性を高めるための施策をまとめます。
心理的安全性は、一朝一夕で作り上げられるものではありません。取り組みの一環として、人事評価制度や目標管理の仕組みを継続的に改善し、安心感と挑戦意欲を両立させる環境を整えることが重要です。
OKRを活用して挑戦と成果を同時に重視する
OKR(Objectives and Key Results)は、組織目標と個人目標を結び付けつつ、挑戦的なゴール設定を行うフレームワークです。メンバーが高い目標に向かって試行錯誤する過程を大切にするため、成功・失敗ともに学習につなげやすいという利点があります。透明性の高いOKR運用は、メンバー同士の信頼を育む上でも有効です。
定期的な1on1ミーティングで安心感を育む
上司やリーダーとメンバーが定期的に1on1を行うことで、個々の不安や困りごとを早期に解消しやすくなります。互いの期待値調整や目標の再確認、自主的なキャリアの相談など、密なコミュニケーションは心理的安全性の向上に直結します。メンバーは常にサポートが得られると感じるため、組織での挑戦に積極的に取り組みやすくなります。
アサーティブコミュニケーション研修の導入
アサーティブコミュニケーションとは、相手を尊重しながら自分の意見を明確に伝える手法のことです。
無用な対立を生まず、かつ本音をぶつけ合うための技術として、多くの企業で研修に取り入れられています。組織全体がこのスキルを身につけると、否定や摩擦に怯える必要が減り、心理的安全性がぐっと高まりやすくなります。
具体的な方法は、「自分の状況を正しく」伝えた後、「感想や意思、要望」を伝え、「相手がそれによってどうしたいか、どうするか」を聞き出すといった順序で話す方法です。
「私は〇〇でした」、「〇〇だと思います。」で終わらせず、「どう思いますか?」と終わりに相手の反応や意見を求める姿勢をみせることで、双方の着地点を見出す効果があります。
厚生労働省「職場における心の健康づくり~労働者の心の健康保持増進のための指針~」を参照する
厚生労働省は、職場における心の健康づくりに役立つ情報として、統計や具体的な事例、ラインケアの取り組み内容をまとめています。統計によると、職業生活における強いストレス等の原因が「仕事の失敗、責任の発生等」と回答している割合が非常に高いことが分かります。こうした事実も踏まえ、業務の管理方法や指導方法を見直すことも必要です。また、職場環境等のアプローチポイントとして、仕事のストレスに関する代表的な理論に「仕事の要求度―コントロールモデル」とあり、仕事の要求度に見合う裁量権や自由度があるか、バランスの重要度を伝えています。
(参照: 厚生労働省、独立行政法人労働者健康安全機構『職場における心の健康づくり』https://www.mhlw.go.jp/content/000560416.pdf)

心理的安全性を向上させる実践事例
実際に心理的安全性を意識して成功を収めている企業の事例を取り上げ、その取り組みを紹介します。
実際の事例は自社の施策にも具体的なヒントを得ることができるでしょう。特に共通しているのは、心理的安全性を組織の戦略と結びつけ、継続的に改善を図っている点です。
大手IT企業:フラットな組織と挑戦を促す文化
ある大手IT企業では、役職や肩書に関わらずアイデアを出しやすいフラットな組織構造を採用しています。失敗した提案でもそのプロセスを評価し、学習と次のプロジェクトに活かす仕組みが整っているため、メンバーは挑戦へのためらいが少なく、常に新しいサービスや技術に取り組む姿勢が維持されています。
また、社内で挑戦をする仕組みが強化されており、「社内公募」や「社内副業」といった制度を取り入れ、所属している部署以外の業務にも興味を持つこと、挑戦することへの抵抗を軽減させる文化が構築されています。
スタートアップ企業:スピード感×心理的安全性の両立
急成長を狙うスタートアップ企業でも、メンバー間の信頼関係を重視しており、心理的安全性の確保を重要な経営戦略の一つとしています。スピーディな意思決定が求められる中でも、意見を遠慮なく言い合える環境が創出されることで、多くのチャレンジが次々と実行に移されます。結果として迅速なサービス改善やイノベーションにつながり、競合他社との差別化を実現しています。
まとめ・今後の展望
最後に、心理的安全性の重要性を再確認するとともに、今後の企業や組織の取り組み方について展望します。心理的安全性は、単に居心地の良い組織や環境を作ることではなく、組織の成長やイノベーションに直結する重要な要素です。ぬるま湯組織に陥らないよう、適度な緊張感と挑戦をサポートする仕組みを整えつつ、人材を活かすマネジメントが求められます。
今後はグローバル化や多様な働き方の進展によって、より幅広い意見や才能を受け入れながら組織の競争力を高めるためにも、心理的安全性の高い環境づくりが一層重視されるでしょう。

